ミギケンサック~右廻り研究所~

ミギケンサック~右廻り研究所~

少年メリケンサックっぽく、ブログの名前変えてみました。

 

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まさかの内定取り消し!!

この世で、本当にカルマというものがあるのだとしたら、きっと俺の前世は相当な悪党だったのか、今世ではまだまだとんでもない試練があるようだ。

そう感じたのは一昨日の朝、市場での仕事を終えて家に帰り、ビール片手に『なるトモ』の最終回を見ている時に、一本の電話がなった。

電話の相手は、ブログに書いた、グダグダの就活面接を受けたのにも関わらず、奇跡的に内定をいただいた会社の社長からだった。

きっと入社日が近づいてきたんで、それについての詳しい話だと思っていたが、違った。

それは、なんと『内定を取り消して欲しい』という内容だった。

理由は、前のブログに書いたかどうか分からないが、俺が営業として面接を受けにいったけど、面接官の社長は営業ではなく、募集をしていなかった商品の企画や開発をして欲しいという形で採用されたのだが、どうやら幹部会議で社長以外の人からは「今はそんな人間よりも、中国の工場に行く人間を雇わなあかん」って話になったらしい。

というわけで、内定が取り消しになってしまった。

電話先で社長は何度も、「君に色々と企画して欲しかったんやけど、申し訳ない」と誤っていたので、それ以上何とも言えんかったんで、文句も言わずに了承した。

凄い良い感じの社長やったんで、その人の下で働けるのが嬉しかっただけに残念だ。

それよりも、あかんねんやったら、もっと早く言ってほしかった。

今、働かせてもらっている八百屋も来月の11日で辞める事になっているので、次の仕事が見つかるまで日にちがなさ過ぎる。

次の仕事が見つかるまで、ゆっくり探すような蓄えなんて全くないから、ほんま何でもエエから早よ仕事を見つけへんとヤバイなって思ってる。

それに追い討ちをかけるように、去年の夏に果物屋で痛めた腰が2ヶ月前ぐらいから急に悪くなっていて、椅子に10分も座れん状態で普段生活するのにも支障が出るぐらい酷くなっているんで、仕事を探すにも何が出来るやろうかって、絶体絶命な気分です。

とにかく悩んでいてもしょうがないので、直ぐに何かせなって思って、まずは今日朝仕事から帰ったらスパッツと髪でも切りに行こうって思っていたんやけど、明日行くことにした。

何でかというと、昨日の夜テレビで「クローズ」をやってたのを見てて、ちょっと感化されていたので、うっかりココに出てた小栗旬みたいな髪型にしてしまいそうやったんでやめた。

あんな髪型では、どこに面接行っても絶対に何処も雇ってくれへんからだ。

それはそうと、その「クローズ」の映画の主題歌を『ストリートビーツ』が歌っているっていうのは知ってたけど、出演していたんでビックリした。

もの凄い久しぶりに見たけど、めっちゃカッコええな~って思って見てた。

それに、挿入歌も『横道坊主』や『浅井健一』なんかが流れていて凄い渋い選曲やな~なんて言ってる場合ではなく、ホンマに仕事を何とかせなあかんわ。

まずは明日にでも、絶対に『クローズ』には出演できへんような髪型にしてから考えよう。










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就活~その4(意外な結末)~

話が長くって、スマナイです m( _ _)m

ようやく社長室へと到着!

そして社長室で暫らく座って待っていると、面接官の社長が入ってきた。

慌てて椅子から飛び上がり、「宜しくお願いします」と挨拶して、履歴書を手渡し暫らくの沈黙。

時を刻む時計の音だけが社長室に響き渡る。

緊張のため僕のこめ髪から滴り落ちる汗。

ピリピリした緊張に耐え切れずに、思わず奇声を発しそうになる。

すると面接官の社長が履歴書を見ながら口を開いた。

「37歳で、営業経験は、ナシですか、、、、」

一番痛いところを突かれたって思ったが、事実なので「ないです」とだけ答えた。

それから緊張のなか一言二言、質疑応答をすると社長から驚きの言葉が!

「君は、営業には向かないんじゃないですかね?!」

あまりに確信を突く問いかけに、返す言葉が見つからずにいると更に。

「君には営業マンとしては声が小さく元気がない。 営業をするなら迫力が必要だが君にはそれがない!」

と、僕という人間の全てを否定されたようで、何とかこの窮地を脱しなければと必至で言葉を探していると、僕の口から突いて出た言葉は。

「そうですね、確かに僕も営業には向いてないと思いますし、周りの人からもよく言われますね!」

試合終了である。

野球で言うなら、1回コールド負け。

ボクシングでいうなら、1ラウンドK・O負け。

ラグビーで言うなら、ノーホイッスルトライといった感じだった。

面接が開始してから、約1分間での出来事だった。

現在八百屋で年齢37歳、営業経験なし、自他共に認めるぐらいに営業は苦手な人間が、営業がしたいと面接受けに来た。

そんな奴、「何処の会社が採用するねん!!」って話だ。

もう確実に不採用が決定した瞬間だった。

後は、もう営業やりたいアピールをする事もなく、僕が以前やっていた話を聞いてきたので、それに力なく答えていた。

そんな話のやり取りをしている中、以前やっていた店でオリジナルグッズを作っていたという話になった。

その話に面接官の社長が興味を示してくれて、「どんな物を作っていたのか見てみたかったわ」って言われたので、いつも持ち歩いている、タコ坊やのコインケースを見せた。

すると、更に興味を持ってくれたようだった。

その時、ふと我に返った。

実は、ある程度、話が苦手な僕のことなので、上手く面接でアピールは出来ないと思っていたのだが、予想以上に早いK.O負けをきしてしまったので、必ずやって帰ろうと思っていた事をやれずにいたのを思い出した。

それは、自分の書いた本(うぶだし)を渡す事だった。

面接がダメでも、もしかした本を読んでもらえれば、どんなグッズを作っていたとか、自分はこんな人間だという事がアピール出来るんじゃないかと考え、持ってきたカバンに忍ばせていた。

「渡すのなら、今や!」って思い、思い切って、

「今まで作っていたグッズが、この本に少し載せているので、宜しければ読んで下さい」と渡した。

すると、受け取ってくれ、その場で少し読んでくれた。

その後、少し話をし、面接は終わった。

面接官の社長は、「君は営業よりも、モノを作ったり、企画や開発の方が向いているんと違うかな? 今回は営業の求人しか出してないけど、実は面白い発想が出来る“開発”の部署でも探しているんやけど、興味はないですか?」って感じで言われた。

もちろん、興味はあると答えた。

最後に「それでは、如何するかは幹部会で決めなければいけないので、直ぐには返事出来ませんが前向きに検討させてもらいます」と言われ席を立った。

面接開始1分で、「君は営業に向いてない!」と公言された所から、面接が終わる時には「前向きに返答します」って所まで、ずいぶん善戦したって思った。

とはいえ、営業1にの募集枠に求人を出して一週間もたたないうちで20人以上も募集がある会社やし、募集期間が終わるまで2ヶ月以上もあったので、たぶん無理やろうなって思ったが、やりきった感があり何か嬉しかった。

そして面接官の社長に「本日は忙しい中、ありがとうございました」とお礼を言って部屋を出ようとした時、社長から一言。

「もっと腹から声ださんか~!!!」と、渇を入れられ、もう一度大きな声で「ありがとうございました!」と言い直すと、ニヤッと笑われ、約20年ぶりの面接が修了した。

後は、その会社からの連絡を待つだけだ。


と、ほんまは今日のブログはココで終わるはずだったのだが、実は今朝、八百屋の仕事が終わり家で寝ていると、一本の電話がなった。

面接を受けた会社の社長からだった。

内容は、「今回の募集は39歳までと書いてはいたものの、本当は若い人間を入れようと思っていたらしく、その時点で僕はあかんかったようなので、会社の幹部会で僕は不採用だったようなのだが、面接をしていただいた社長が僕に何か気になるような物があるらしく、試しに3ヶ月やってみて、それで使えそうなら本採用って形ででも良ければやってみないか?という事だった。

もちろん、二つ返事で「はい」と答え、就職が決まってしまったのだった!

寝起きの電話だったんで、何か夢を見ているようだが、たぶん現実の話だったと思う。

ただ、社長以外は皆が反対だったと思うんで、よっぽど頑張らな3ヶ月で首やろうからホンマに気合入れてやらなあかんなって熱くなっています。

とはいえ、入社までまだ1ヶ月ぐらいあるんで、当分は八百屋で熱くなるんやろうね!!



 
 

就活~その3~

面接の朝。

リクルートスーツではないものの、一応スーツを着て、ネクタイもチャンと結べ、履歴書をカバンに入れ準備は完璧。

「さ~、気合入れて行こう!」って思い玄関にある鏡に映る自分の姿を見て、「やばい!」と思った。

何に「やばい!」と思ったのかというと、自分の髪型だった。

ボッサボサに伸びていた。

スーツにこの伸びた髪形だけでいうと、『ルーシー』を歌っていた頃の“ミッシェル”バンドメンバー募集ならアリかもしれへんが、営業マン募集なら、間違いなくナシだ。

とは言え、今から髪を切りに行く時間もないし、こないだテレビで見た驚異のマジシャン“セロ”のような力で髪を短くすることも出来そうにないので、とりあえず強力なワックスで前髪を強引に分けて、横の髪は耳にかけた。

仕上がりは、、、田村正和といった所だ。

逆にこれでは、ミッシェルに入るのは絶望的な髪型だ。

とにかく、そんなカッコで電車に揺られて1時間。

目的の面接を受けさせてもらう会社に到着。

会社の中に入ると、いきなり大きな難関にぶつかった。

それは、会社の入り口には誰もおらず、カウンターに電話だけが置かれており、『御用の方は“内線”の○○番までおかけ下さい』と書かれてあった。

それの何処が難関なのかと普通の会社員なら思うかもしれないが、現在“八百屋”の自分としては、この“内線”のかけ方がサッパリ分からなかったのだ。

その電話機には“内線”ってボタンもないし、電話機を前にどうする事も出来ずに暫らく固まっていた。

これはもう、ここの会社とは、“今回は縁がなかった”って事で引き返そうかとも思った瞬間、ふと以前いた会社で“内線”を使ったことを、おぼろげにだが思い出した。

確か受話器を上げて番号を押したら呼び出せたような、それかメガホンのようなボタンを押して番号を押して呼び出していたような気がした。

少し考えたが、どっちやったか思い出せなかったので、一か八か受話器を上げて番号を入れたら、「はい、どちら様でしょうか?」と女性の声が帰ってきたので無事に内線にかけれたようだった。

いま、こうやってブログを書いていて思いだしたんやけど、メガホンのようなボタンって、確かスピーカーで社内放送やったような気がする。

もしそうやったら、もの凄い恥をかくところやった。

とにかく恥をかく事もなく、3階の社長室へと案内された。


つづく


 
 

就活~その1~

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まいど!

中央市場で働き出してから、早いものでもう9ヶ月になる。

仕事にもだいぶんと慣れてきたし、こないだ後輩が2人も入ったので教える立場となった。

俺もそろそろ念願の八百屋としての自信と自覚が出てきた。

・・・いや、違う?

俺、八百屋を目指してへんかったし。

そういえば1月に神戸の店閉めてから、八百屋の仕事一本になって、頭の中が8割ぐらい野菜の事を考えていた気がする。

そろそろ何か“タコ坊やグッズ”を作らなって思うものの、夜中の仕事やから朝家に帰ってチョット寝て目が覚めたら夕方になっていて、ダラダラしている間に市場に行くという毎日だ。

それに、37にもなっていつまでも深夜に八百屋でバイトというのもいかんな~って思い、定職を探す事にした。

今のようなダラダラとした生活では右廻り研究所の活動も出来んと思い、一度ちゃんと就職をしようと考えた。

いま働いている八百屋さんで、「店を閉めたんやったら、ここで社員としてやってみる気はないか?」と言ってくれた。

この不景気で仕事がない時代に、正社員にって言ってくれるのは凄く有難い話なのだが、ここで正社員になってしまうと、右廻り研究所を復活させる事が出来なくなってしまうので、今の所は丁重にお断りをさせてもらった。

じゃあ、何の仕事をしようかと考えた。

右廻り研究所を始める前にやっていた、エレベーター工事の仕事にしようかとも思ったが、実は店を閉めるって決めた時に、次に働くならって考えていた仕事があった。

それは、『営業』だ。

なぜ『営業』なのかというと、切羽詰まった状況で約5年間店をやっていたお陰で、自分の長所と短所がハッキリと知る事が出来た。

以前の総理大臣に言わせれば、「私は、あなたと違って自分を客観的に見る事が出来るんです!」ってな感じだ。

それはいいとして、長所は人前に出たりするのは苦手なくせに人から注目を受けるのが得意なようだ。

そして短所は、せっかく人から注目を受ける事が出来ても、人前で話したりするのが苦手なので、それをビジネスとして儲けるというのが凄く下手なのだ。

つまり、右廻り研究所を閉めた原因は、自分の営業力のなさが招いた悲劇というわけだ。

そういえば以前、自分の書いた本(うぶだし)を色んな本屋さんへと飛び込み営業をしていた時は、あんまりに僕の行動が怪しく、何度も万引き間違えられたという苦い経験がる。

やっぱり苦手な『営業』を出来る人間にならないと、何度店をやってもあかんやろうってな事で、『営業』をやってみようと思った。

そんなわけど早速一昨日、近所の職安に行った。

話が長いので、続きはまた今度。


 
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プロフィール

ミギケン

Author:ミギケン
【右廻り研究所】って雑貨屋を、神戸元町高架下で約5年やってました。

今は、大阪でエレベーターを作ったり売ったり直したりしています。

ちょっと前は、中央市場で八百屋をしていました。

その前は中央市場で果物屋をしていました。

その前は、セールスマンなんてやっていました。

その前は、宅急便の配達なんかしてました。

その前が【右廻り研究所】でした。

【右廻り研究所】では、雑貨を売ったり、オリジナルグッズを売ったりしていました。

驚くような人や会社とコラボしたりしてました。

テレビ局のコラムとイラストなんかも書いてました。

そんな右廻り研究所の前は、エレベーターを作ったりしていました。

これからは、また【右廻り研究所】を何かの形で活動していくと思います。





http://tammys.shop-pro.jp/

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